e-SpiritPROFESSIONAL
FTPマットピラティスインストラクター 千葉絵美さん
「考えて書く」こと

まず初めに書道を始めたきっかけを教えてください。

妹が左利きを直そうと通うことになった書道教室に、私も一緒に付いて行ったんです。結局妹は馴染まなくて、左利きも直らず辞めてしまいましたが、私の方は字を書くことが面白くて。ちょうど6つになる前だったと思います。

書道教室では小学校で習った漢字を先生に伝えると、辞書を開いてその象形文字を見せてくれるんです。漢字は、元々は絵に近い象形文字から始まり、だんだん形が変わっていくものなのだと教えてくれました。だから、漢字を絵のような感覚で覚えていましたね。

かつて絵のような象形文字から、意味があり、成り立ちがあって変わっていく。今の自分がいる時間まで引き続いて一つの字があるということが、子供ながらにとても面白くて。その一つの字を書けば、自分の今持っている広い世界を感じ取れるし、表現することもできるし。

書道教室では、他にどんなことをしていたのですか?

先生の家にある絵本の文字を、自分の好きな色の画用紙とペンで写したりもしました。お話の内容を読んで、何色の紙に何色のペンで書こうかなど、子供なりに色々と考えて書いていました。先生からは、「考えて書く」ということを教わったと思っています。

字をきれいに書きなさいではなく、どうしてその言葉を書きたいのか、どのように書きたいのかを尋ねる先生でした。だから、大きい筆で書いてみたい、紙からはみ出して書いてみたい、にじませて書いてみたい、と自分なりに考えて。一生懸命に書いている分には絶対に何も言わない先生でしたね。

だから、学校の授業では毎回点数がひどくて(笑)。字をきれいに書くために通わせているはずなのに、学校の成績は全然良くならない。その理由で、他の生徒たちはみんな辞めてしまい、私一人だけになってしまいました。

ユニークな指導をされる先生なのですね。

戦後の20年代に前衛書道という、抽象絵画を書いていた画家達と交流しながら、今までの書の伝統を崩せというアバンギャルド運動に感化された動きがあって。私の先生は、その先鋭的な活動をしていた作家の人達とも交流があったようです。ただ、結婚を機に作家活動を一切やめ、教育者でいることを選ばれたそうです。

今考えると信じられませんが、私が高校生になるまで先生の字をお月謝袋以外で見たことがないんです。作家じゃないし、見せる必要もない。それに、見せると影響を受けるだろうとの理由から、先生の書かれた手本というものを見たことがありませんでした。
手本は、先生が見せてくださる中国の書の古典の全集を傍らに、書いた人の背景を子供なりに調べながら、どうしてこの人はこういう線質で字を書いたのだろうなどと考えながら臨書(絵画でいうところの模写)をしていました。

書道教室という言葉のイメージが覆されますよね。


「最終的には自分を信じる心」

華雪さんが書によって、表現したい、伝えたいものは何ですか。

私は、字を書くことは声のような気がしていて。声や筆跡というものは、その人の何かを表しているものだと思うんです。

私は字を書く時、なるべく声を漏らさないように息を奧に押し込めて書いています。そのかわり指先から息がもれているような感覚があって。その息の様子が音のない声のように思えています。そうして書かれた筆跡は、筆の跡であると同時に声の跡のように思っているんです。

実際に私の作品をご覧になって「この花の字を見ていたら、花の記憶を思い出した」「何か語られている気がする」と言ってくれる方たちがいて。そんなふうに、何かを語りかけるような声が、書いた字から聞こえてきたらいいと思っています。

また時折、私は書籍の題字の仕事をさせてもらっているのですが、本のタイトルを書く時も同じように声を意識します。必ず作品を読ませてもらい、主人公がどういう声で会話をしていたのか想像し、それから、どうタイトルを書こうかを決めていきます。だから、どんなに強い言葉のタイトルであっても、主人公の声を想像した時、静かな声で語られているものであったとすれば、あえて細い筆で書いたりすることもありますね。

デザインとして、文字が与えるイメージというものもあると思うのですが。

そうですね。モノクロームの世界なので、ハッキリと伝わる言葉を書こうと思えばいくらでも書けるし。それを大きな紙、大きな筆で黒々と書けば、否が応でも人は見ると思う。でも、それだと一瞬でビックリして終わってしまうような気がして。そうではなく、立ち止まってしばらくじっと見た上で、やっと伝わってくるようなものを作りたいなと。そのほうが、見た人の心に静かに鋭く響くのではないかなと思っています。

書こう、書きたいと思う字は、どう選ばれているのですか。

一番書きたい文字というのは、その時々の自分自身だろうと思っています。自分を映している言葉を持つ字ですね。最近であれば、狼という字を一番よく書きます。狼の象形文字は、野生の獣。そのことを知り、野犬が雨の中を歩いているようなイメージを抱きました。自分が今、雨の中を歩いている気分があったので、そこからずぶ濡れの狼のような「狼」という字を書こうと思いました。

また、私は個展を活動の主軸にしているのですが、展示する作品は一つずつではなく、ひとつの群れとして捉えています。ですので、ひとつの大きなテーマである字が決まれば、そこからその辺りには何があるのか、と考え始めます。今まで見て来た場所、聴いた音、触れたもの、読んだ本や観た絵画や映画、そういった記憶の中から思い出されるものをきっかけにして、自分が今、置かれている場所と強く結びつくモチーフを見つけ出し、さらに書く字を決めて行きます。特に最近は一つずつ順番に見ていくと、最後には一冊の本を読み終わった感覚になるような展示が出来ないかと考えています。

華雪さんならではのスタイルというのは、あるのでしょうか?

あくまでも楷書の形を基本にし、崩した字は書きません。楷書を繰り返したくさん書いていく中で、呼吸や体の動きで崩れることは良しとしますが、何か意図的にあえて崩すことはしないと決めています。

筆は毛の束なので、いくらでも表現の幅を持たすことができる道具だと思っています。それをあえて抑えて使い、それでもなお滲み出てきたものに強さを感じています。

表現の選択肢がたくさんあるからこそ、その中で自分らしさが出るのでしょうね。

自分にルールを作ることだと思うんです。私がやろうとしている事は、自由になって好きに書けばいいというものではない。もっと自分を追いつめて、本当に自分が長く選び取りたいものを極めて、それに一番合う道具で、合う筆跡で書くということだと思うんです。そして自分で見付け出したものが、間違っているかいないかを常に自分に問い掛けていくことなのだと思っています。


書いた字は、自分が歩いてきた時間の足跡

これからの社会や若者に対して、華雪さんが書を通して与えられるものや、こんなことをしたら面白いかなと思うものはありますか?

私は今、定期的にワークショップを開催しています。最近の出来事を書き出し、連想ゲームのように、その中から自分に意味のある字を一つ選ぶ作業をしてもらいます。そうやって、自分の中にある字を選び出し、自分のイメージした形で書いてもらうと、「今、考えていることに整理がついた」などと言い、スッキリした顔で帰って行く方が多くて。自分自身と向き合って考えることで、自分の中で気になっていたことの答えが出てくるようです。

それは言葉を使う作業だからこそ、出来ることなのかなと思うんです。具体的に社会の中でどのような役に立つかは分からないけれど。ささやかですが、そういう力があるのだということに、最近改めて気づきました。

それと、実際に自分で字を書いてみることで、今度は書を見ることにも興味が出てくるはずだと思います。古典の古い書を見た時に、どんな人がどんな風にこの字を書いていたのか想像したり、きっともう少し興味深くその字を見ることが出来ると思います。

「華雪」って素敵なお名前ですが、本名じゃないですよね?

先生から頂いた名前がしっくり来ず、そう先生に伝えると、自分で考えなさいとおっしゃいました(笑)。先生に漢字辞典を貸してもらい、自分で色々と調べて決めた名前です。華雪とは、花吹雪という意味なんですよ。まさか、こんなに長く使うとは思っていませんでしたね。

最後に、華雪さんにとっての書とは?

日々暮らしている中で見たり聞いたりすることは全て、どんな字を書くかに繋がっていきます。だから、これから先もずっと字を書き続けていくことが、私にとっての書なのだろうと思います。距離がないんですね、自分自身と字を書いていることに。

私は記念撮影が大嫌いで、アルバムがほとんどないんです。でも、自分が書いた字を見れば、その時何をして何を考えていたかが一番よく分かります。自分の歩いてきた時間の足跡でもあり、きっとこれからも足跡になると思っています。




Profile

華雪
kasetsu


書家
立命館大学文学部心理学専攻卒業。幼い頃から書と篆刻に親しみ、10歳の時に「日本書道学舎 響誌上展」で特別賞を受賞。高校、大学在学中から個展を開くなど、若手書家として注目を集めた。書家として活躍する一方、デザイナーとしても才能を発揮している。

現在、京都精華大学の公開講座で講師を勤めるほか、年数回の各地での個展を中心に、東京、京都、大阪等で、ワークショップを開くなど幅広い活躍をみせる。

華雪展『刺心(ししん)』を開催
2009年5月23日(土)〜6月21日(日)
会場:新潟県 二宮家第米蔵にて


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